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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)18004号 判決 1990年7月30日

原告 原口昭郎

右訴訟代理人弁護士 渡邊敏

被告 株式会社池田不動産

右代表者代表取締役 池田健二

右訴訟代理人弁護士 杉山忠良

主文

一、原告の請求をいずれも棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1. 原告、被告及び訴外須藤盛夫間の東京地方裁判所昭和五九年(ワ)第五三五四号建物所有権移転登記抹消登記等請求事件につき昭和六二年七月三一日の口頭弁論期日に成立した別紙和解条項目録記載の和解のうち、原告と被告との間の和解は無効であることを確認する。

2. 被告は、原告に対し、金七〇万七六六〇円及びこれに対する平成元年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 被告は、別紙物件目録一ないし三記載の各建物について千葉法務局我孫子出張所昭和五七年一〇月九日受付第一六三三五号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

4. 被告は、原告に対し、別紙物件目録三記載の建物を明け渡し、かつ平成元年一月八日から明渡済みまで月額金一二万円の割合による金員を支払え。

5. 訴訟費用は被告の負担とする。

6. 2、4、5につき仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二、当事者の主張

一、請求原因

1. 和解無効確認

(一)  原告及び訴外須藤盛夫は、被告に対し、昭和五九年五月一七日、東京地方裁判所に建物所有権移転登記抹消登記等請求の訴えを提起し(昭和五九年(ワ)第五三五四号建物所有権移転登記抹消登記等請求事件、以下、「前訴訟」という。)、弁護士小川景士を訴訟代理人に選任し、同人が訴訟追行していたところ、同人は、昭和六二年七月三一日の前訴訟口頭弁論期日において、被告との間で、別紙和解条項目録記載の和解(以下、「本件和解」という。)を成立させた。右同日、その旨の和解調書が作成された。

(二)  本件和解は、前訴訟原告原口訴訟代理人小川が左記のとおり訴訟代理権を逸脱してなしたものであり無効である。

(1) 前訴訟において、原告原口は被告に対し、別紙物件目録一ないし三記載の各建物(以下、「本件建物」という)の所有権に基づき所有権移転登記の抹消登記手続を求めたが、原告原口が本件建物をもと所有していたことは争いがなく、被告は、抗弁として原告原口、被告間の本件建物を目的とする売買契約を主張した。従って、右抗弁が認められて、原告原口が前訴訟で敗訴しても、前記売買代金債権は原告原口が有することになる。

(2) 和解は、当事者の互譲で成立するものであるから、前訴訟原告原口訴訟代理人小川は、本件和解において、被告が本件建物の所有権を有することを認めるならば、少なくとも売買代金債権の履行について定めるべきであった。また、被告は本件建物を原告原口に対し賃借した旨自認していたのであるから、本件和解において原告原口が本件建物につき賃借権を有することを定めるべきであった。

しかるに、本件和解の第三項は、「当事者間には、本和解条項に定めるほか、本件に関し他に何等の債権債務のないことを確認する。」という内容であり、原告原口は被告に対する本件建物の売買代金債権及び賃借権を放棄している。

(3) 前訴訟の訴訟物は、原告原口の本件建物についての所有権に基づく抹消登記請求権であり、右放棄された右両権利は訴訟物以外の権利関係である。そして、一般に、訴訟代理人は、訴訟物以外の権利関係については、当該紛争の合理的解決に適する限度においてのみ権限を有すると解すべきであるから、前訴訟原告原口訴訟代理人小川は、右権限を逸脱して本件和解をなしたものである。

(三)  前訴訟原告原口訴訟代理人小川は、左記のとおり背任的意思を有し本件和解をなしたものであり、本件和解は無効である。

右小川は、前訴訟で前記のとおり本件建物の売買代金債権及び賃借権を放棄する旨の本件和解を成立させた。本件和解は、客観的にみて前訴訟原告原口の利益を害していることは明らかであり、代理人が本人の利益を害する意図のもとに権限内の行為をしたときに該当する。そして、前訴訟被告代理人弁護士杉山忠良も前訴訟の経緯からみれば、右意図を知り又は知り得べかりしことは明らかである。

従って、本件和解は、民法九三条但書の規定の類推適用により無効である。

2. 不当利得返還請求

(一)  原告は、被告から昭和五七年九月三〇日に金三〇〇万円、同年一〇月三〇日に金二九〇万円を、それぞれ弁済期を定めずして、利息について借入日から三箇月間は月四分、以後月八分に加えて金一五万円とする約定でそれぞれ借り受けた。

(二)  原告は、被告に対し、右(一)の債務について次のとおり弁済した。

(1) 昭和五七年一〇月一九日 金一六万円

(2) 同年同月二二日 金三九万円

(3) 同年一一月五日 金一五万五〇〇〇円

(4) 同年一二月六日 金七一万四〇〇〇円

(5) 同年同月九日 金一二万五〇〇〇円

(6) 同年同月一八日 金一五万円

(7) 同年同月三〇日 金三三万円

(8) 昭和五八年 一月三一日 金三八万六〇〇〇円

(9) 同年二月三日 金三八万六〇〇〇円

(10) 同年同月八日 金一万四六四〇円

(11) 同年同月二七日 金三八万六〇〇〇円

(12) 同年三月五日 金一一万七六〇〇円

(13) 同年同月同日 金一一万七六〇〇円

(14) 同年同月三〇日 金三八万六〇〇〇円

(15) 同年四月六日 金一二万八五〇〇円

(16) 同年同月三〇日 金五〇万円

(三)  原告は、右(一)の借入れ債務を担保するため約束手形三通(昭和五八年二月二四日振出しの金一四〇万円、同年三月二九日振出の金一五〇万円及び金三〇〇万円の手形、支払期日はいずれも同年四月三〇日、支払場所を太陽神戸銀行我孫子支店とする)を被告に対し振出していたが、これらを決済するために、昭和五八年四月三〇日、被告との間で消費貸借契約を締結し、金五九〇万円を借り受けた。

(四)  右(三)記載の約束手形三通は、昭和五八年四月三〇日に支払いがなされた。

(五)  さらに、原告は、次のとおり右(一)の借入れ債務について弁済した。

(1) 昭和五八年五月一日 金四九万五六〇〇円

(2) 同年同月三一日 金五〇万円

(3) 同年六月一四日 金四九万五六〇〇円

(4) 同年七月二六日 金四九万五六〇〇円

(5) 同年八月一一日 金二二万円

(6) 同年同月三一日 金二二万円

(7) 同年一〇月三一日 金二二万円

(8) 同年一一月三〇日 金二二万円

(9) 昭和五九年二月一〇日 金二二万円

(六)  以上のとおり、原告は被告に対し、前記(二)(四)及び(五)の各弁済をしたが、原告と被告との間の各消費貸借における利息の約定は、利息制限法違反であるから同法所定の制限利息の範囲内に引き直して計算すると、別紙制限利息計算書のとおりになり、この結果、原告は被告に対する債務につき、遅くとも昭和五八年八月一一日の弁済により完済していることになり、現在、金七〇万七六六〇円の超過払いをしていることになる。

3. 所有権移転登記抹消登記手続請求

(一)  原告は被告との間で、右2(一)の際、原告の所有にかかる本件建物につき、右2(一)の原告の被告に対する借入れ債務を被担保債務とする譲渡担保契約を締結した。

(二)  右(一)に基づき、被告のため昭和五七年九月三〇日売買を原因とする千葉地方法務局我孫子出張所昭和五七年一〇月九日受付第一六三三五号所有権移転登記がなされた。

(三)  右2(二)ないし(六)のとおり、本件譲渡担保権についての被担保債務は完済されている。

4. 建物明渡し請求

(一)  原告は、本件建物を所有している。

(二)  被告は、右建物を占有している。

(三)  右建物の賃料相当額は月額金一二万円である。

5. よって、原告は、被告に対し、前訴訟において成立した訴訟上の和解が無効であることの確認を求めると共に、不当利得返還請求権に基づき金七〇万七六六〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成元年一月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払い、並びに所有権に基づき請求の趣旨記載の所有権移転登記の抹消登記手続、本件建物の明け渡し及び訴状送達の翌日である平成元年一月八日から右明渡済みまで月額金一二万円の割合による金員の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1.(一) 請求原因1(一)は認める。

(二) 同1(二)(三)は争う。

2.(一) 請求原因2(一)は否認する。被告は原告の経営する有限会社アビコエージエンシー(以下、「有限会社アビコ」という。)に貸し付けたものであり、原告は右債務について連帯保証をした。

(二) 同2(二)につき、(5)の金一五万五〇〇〇円、(7)の金三三万円のうち金一八万円、(8)の金三八万六〇〇〇円のうち金二三万六〇〇〇円、(9)の金一二万円、(11)の金三八万六〇〇〇円のうち金二三万六〇〇〇円、(12)の金一一万七六〇〇円のうち金一一万六〇〇〇円、(13)の金一一万七六〇〇円のうち金一一万六〇〇〇円、(14)の金三八万六〇〇〇円のうち金二三万六〇〇〇円、(15)の金一二万八五〇〇円のうち金一一万六〇〇〇円の支払があったことは認める。但し、右の支払は、いずれも金五九〇万円の元本債務に対する約定利息の弁済である。(1)乃至(4)、(6)、(10)及び(16)の支払が五九〇万円の元本債務に対する弁済であるとの事実は否認する。

(三) 同2(三)のうち、約束手形が振り出されていたことは認めるが、振出人は原告ではなく、訴外アビコが被告に対して振り出していたものである。その余の事実は否認する。

(四) 同2(四)は認める。

(五) 同2(五)につき、(1)ないし(9)の支払が五九〇万円の元本債務に対する弁済であるとの事実は否認する。

(六) 同2(六)のうち、原告と被告との間の各消費貸借における利息の約定は、利息制限法所定の利率を超えることは認め、その余は否認する。

3.(一) 請求原因3(一)は否認する。有限会社アビコに対する債務の担保のため譲渡担保が設定された。

(二) 同3(二)は認める。

(三) 同3(三)は否認する。

4. 請求原因4は否認する。

第三、証拠<省略>

理由

(和解無効確認請求についての判断)

一、請求原因1(本件和解の成立等)は当事者間に争いがない。

二、弁論の全趣旨によれば、前訴訟で裁判所に提出された原告原口の弁護士小川景士に対する訴訟委任状には、和解権限に関する特別委任をした旨の記載があることが認められる。

また、前記一の争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、前訴訟は、原告原口と訴外須藤盛夫が共同原告(弁護士小川景士が右両名の訴訟代理人として受任した。)となり、被告に対し、原告原口は、①所有権に基づき本件建物の所有権移転登記の抹消登記手続②過払金の返還を、前訴訟原告須藤は、借受金債務の不存在確認を各求めたものであること、前訴訟の原告原口、同須藤及び被告の各主張の概略は次のとおりであること、が各認められる。

原告原口は、①被告から、昭和五七年九月三〇日金三〇〇万円、同年一〇月三〇日金二九〇万円の合計金五九〇万円を借り受け、その担保として原告原口所有の本件建物を譲渡担保に供し、被告に所有権移転登記をした。②被告に対し、右借受金の元本及び利息を割賦弁済したが、利息制限法で定める利息を超過する金員を支払い、過払金が生じた。被告は、①の債権を担保するために原告原口が被告に交付した約束手形の決済資金を前訴訟原告須藤に貸し付けたものではなく、原告原口に貸し付けたものであり、原告原口は右金員で右手形を決済した。右は実質的には、①の借受金の弁済期を猶予したものである。③被告が主張する本件建物を目的とする売買契約を締結したことはない。仮に右売買契約が認められたとしても、右契約は解除した。旨主張した。

一方、被告は、①本件貸付金は原告原口の経営する有限会社アビコに貸し付けたものであり、原告は右債務につき連帯保証をした。②有限会社アビコは、右借受金の支払いを担保するため約束手形を振り出したが、その決済ができなかったため、同会社の依頼により、被告が前訴訟原告須藤に金員を貸し付け、更に右須藤から原告原口が右金員を借り受けて、右手形は決済された。原告原口主張の割賦弁済金の一部の支払いを受けたことは認める。③その後、被告は原告原口から本件建物を買い受け、本件建物を同原告に賃貸している。旨主張した。

前訴訟原告須藤は、被告から金員を借り受けたことはない旨主張した。

以上の事実によれば、前訴訟の実質上の争点は、本件譲渡担保の被担保債務は弁済により消滅したか否か、原告原口主張の過払金の有無、被告が手形決済資金として貸し付けたのは、原告原口か前訴訟原告須藤に対してか、被告主張の売買契約の存在等であることが認められる。

三、 まず、原告は、本件和解の第三項の「当事者間には、本和解条項に定めるほか、本件に関し他に何等の債権債務のないことを確認する。」旨の和解をなすことは、前訴訟原告原口訴訟代理人小川の訴訟代理権を逸脱する旨主張するので判断する。

本件和解第三項は、いわゆる包括的清算条項ではなく、その清算する範囲を「本件に関し」と限定している。そして、右のような限定的な清算条項について、一般的、抽象的にどの範囲の権利義務について不存在の確認をしたものかを決定することは困難であるが、前記認定の前訴訟の紛争の実態からみると、前訴訟において被告が抗弁として主張した売買契約に基づく債権債務に関しても清算したものと認められる。

ところで、前記認定の如く本件建物は被告の有する債権の担保のために譲渡担保に供されていたものであり、そしてその被担保債務が全額弁済されたか否か争いがあったのであるから、原告原口と被告が、互譲の上、原告原口が被告に本件建物の所有権が属することを認め、被告が原告原口及び前訴訟原告須藤に対する貸付金債権を全額放棄する(被告が、その主張する前訴訟原告須藤に対する関係での貸金債権を放棄することにより、原告原口は前訴訟原告須藤から将来貸金の請求をされるおそれがなくなることになる。)旨の和解をしたものであり(前訴訟における原告原口の訴訟代理人小川が右内容の和解をする権限を有することは明らかである。)、前記認定の前訴訟の紛争の実態からみると、原告原口が被告に本件建物の所有権の帰属を認めると、当然に被告が前訴訟において、主張していた売買契約を原告原口において認めたことにはならず、またあらたに原告原口、被告間で売買契約を締結したことにもならない(本件和解には、右売買契約の成立を前提にした条項はない)。したがって、本件和解第三項で原告が主張するように、前訴訟原告原口訴訟代理人小川が本件建物を目的とする原告原口、被告間の売買契約に基づく売買代金債権を確定的に放棄したと解することはできない。

なお、本件和解第三項は、仮に、被告の主張する売買契約が存在したとするならば、原告原口、被告とも売買契約に基づく請求権を放棄し、お互いに右契約から発生する債権債務のないことを確認するという意味も含まれていると解せられるが、前訴訟において、原告原口は、売買契約の成立自体を争っていたものであり、右立場からすれば、右不存在を確認することはいわば当然であり、原告原口も予期し得るところであるといえる。

ところで、弁護士たる訴訟代理人に和解について特別授権がされている場合における和解権限については、訴訟物たる法律関係に限定されず、訴訟物と関連して当該具体的紛争を合理的に解決するために必要な限度で授権されていると解されるところ、前記のように本件和解第三項は、原告原口に予想外の不利益をもたらすものではなく、本件紛争を合理的に解決するために必要なものであり、前訴訟原告原口訴訟代理人小川の権限の範囲内に属するものである。よって、この点の原告の主張は理由がない。

更に、原告は本件和解第三項で原告原口は本件建物についての賃借権を放棄しているが、右は前訴訟原告原口訴訟代理人小川がその権限を逸脱してなしたものである旨主張するが、前記認定の紛争の実態から照らすと右条項が右賃借権を放棄するという趣旨まで含むと解されるかどうか疑問があるばかりでなく、仮にこれを積極的に解し得たとしても、原告原口は右賃借権の存在を争っていたものであり、前記説示の通り本和解をなすことは前訴訟原告原口訴訟代理人小川の権限の範囲内に属するものといえる。よって、この点に関する原告の主張も理由がない。

四、次に、原告は、本件和解は前訴訟原告原口訴訟代理人小川が背任的意思を有しなしたものであり無効(民法九三条但書の類推適用)である旨主張するので判断する。

訴訟上の和解にも、意思表示に関する民法(総則)の規定が適用されると解されるところ、本件において民法九三条但書が類推適用されるためには、本件和解が、単にその内容が当事者に不利益である、あるいは不満であるだけでは足りず、前訴訟原告原口訴訟代理人小川が原告原口に損害を加える目的で本件和解をなしたことが必要であるが、特段の事情のない限り、弁護士である小川が本件和解を原告原口に損害を加える目的でなしたとは考え難く、本件全証拠によるも、右事実を認めることはできない(原告申請の証人等は、その尋問事項を検討するも、いずれも右争点を判断するには適切ではない。)。

よって、原告の右主張も、その余を判断するまでもなく、理由がない。

五、 原告のその余の請求は、請求原因1(二)または同1(三)のいずれかが認容されることを前提とするものであるところ、以上のように右1(二)及び(三)のいずれも理由がないから、その余の請求について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないことに帰するためこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 満田忠彦)

<以下省略>

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